僕が体験したスーパーでの出来事

これは4,5年前の話になるのですが、特に誰にも話す機会がなかったのでここにしたためます。

それはいつものようにスーパーに弁当を買いに行ったときでした。その時はまだ寒くて、ジャンパーともウィンドブレーカーともつかぬ、なにか上着を着ていました。弁当コーナーには父親と幼稚園児くらいの男の子の家族がいまして、父親は僕と同じく弁当を見て回っていました。最初、父親の周りをついて回っていた子供はそのうち飽きたのか、近くをうろちょろし始めました。そしてとうとう僕の近くにやってきたんです。ここで不思議なことに、第六感とでもいうのでしょうか、僕はこの子に父親と間違われて袖を掴まれるぞと感じたわけですね。そして、案の定僕が弁当に手を伸ばした瞬間、その子が僕の袖を掴んできたのです。子供の時分に赤の他人を親と間違えたことはあれど、親と間違えられたことはないもんですから、これはどうしたものかと困ってしまいました。腕を軽く振って振り払おうにも離してくれそうにありません。更にはその子の父親がそんな様子に気がつくこともなく、相変わらず弁当棚を見ながらこちらに近づいてきました。その間も僕はどうにかして手を離してもらえないかと思っていたのですが、子供の扱いなんてしたこともないもんですから話しかけるなんて考えも浮かばずもうただ腕をゆするだけでした。そんな事をしてるうちにとうとう父親がその子を挟んで僕の隣までやってきました。僕の左に子供、子供の左に父親と言ったならびで、子供の右手は僕の左手を掴んでおりました。その時子供が取った行動はなんと、「左手で父親を掴む」! じゃあ今掴まれてる俺は誰なんだよ!と。父親と間違えてたんじゃないのかよ!両手に華ならぬ両手に父親か! なんてのは後で浮かんだツッコミで、僕はもう完全に思考停止です。子供のことは分かりません。当然父親は子供に掴まれたので、そちらを見るわけでして、その視線の先には子供に掴まれてる僕も含まれるわけです。万事休す?いやこれこそがチャンスです。「いやー困ったもんですよ」とばかりに飛びっきりの愛想笑いをかませば「あら、うちの子がすいません」という展開にもっていけるに違いないと思った僕は、それはもう渾身の愛想笑いを顔面に広げました。そこで父親が発した言葉は、

「危ないよ!!」。

そう叫んで子供を僕から勢いよく引き剥がしたのでした。そして、子供を抱えるように屈んだ彼は、目をカッと見開いて、恐ろしいものを見るかのような目で僕を見るのです。もう分かりません。子供だけじゃなくて父親も分かりません。え?という顔をした僕はその後もういたたまれなくなって逃げるようにその場を去ったのでしたとさ。めでたくないめでたくない。

なぜこんなことになってしまったのでしょうか、僕の愛想笑いは余程犯罪者じみていたのでしょうか、お前の子供は預かったと言わんばかりだったのでしょうか。やはり一番イケないのは僕が一言も発しなかったことでしょう。子供に掴まれたときも、父親に恐怖の眼差しを向けられたときも僕は何も喋りませんでした。僕の発声器官は咄嗟には動かないのです。無言のまま立ち去った僕を父親はどう見たのでしょう。それは僕には推し量れません。ただ不審者情報が1件増えたとか増えてないとか。

ちなみに今でも懲りずにそのスーパーには行ってるんですけどね。だって近くて便利なんだもの。