いまだにeスポーツという言葉に噛みつくダニ(私)

「eスポーツはスポーツなんですか?」
いやいや、何年前の話題だよという感じです。今ではもう立派に市民権を得ているというのに…。でもいまだ自分の中ではなんとも言い切れぬもどかしさが燻っているのです。そしてその正体を見極めたい、それがこの記事を書き始めた理由です。
 
 冒頭に戻って、「eスポーツはスポーツなんですか」という疑問。eスポーツという言葉が流行り始めた当時の第一にして最大の違和感でした。ここで勘違いはしてほしくないのですが、別に自分は今ここで、eスポーツはスポーツであるとかスポーツではないとか持論を展開したいわけではないんです。ただ、当時の「スポーツ」という言葉への異様にも見えた執着の話をしたいのです。なぜスポーツであることに拘るのか、そもそもどこからスポーツが出てきたのか、僕には全くわからなかったのです。単純にゲームの競技性を高めたいということなら、ネーミングセンスは別として呼び名はゲーム大会でもなんでもいいわけです。ですがeスポーツと呼びたい人たちの言い分を聞いても、eスポーツと呼びたいという結論ありきのこじつけにしか聞こえませんでした。(まるで他に好きな人ができた女性が彼氏と別れるために考えた口実のようでした)そして、いざ蓋を開けてみればなぜかスポーツウェアを着て腕組みをしているゲーマーが…。スポーツウェアは動きやすさと通気性、腕組みポーズは肉体的な強さを印象づけるもの。ゲームにおよそ関係なく、すべてがチグハグです。そんなスポーツのマネごとをして、結局のところ、eスポーツという名称はスポーツに対するコンプレックスの表れだったのか、と邪推してしまうのも無理からぬ話ではないでしょうか。
 個人的な話になりますが、自分はスポーツというものがからっきしできません。学年で一番運動音痴のやつ、それが私でした。そんな自分が、スポーツへのコンプレックスの匂いがするeスポーツという名称を熱烈に支持していたらどうでしょう、あまりに惨めに映りやしないでしょうか?
 そもそもに自分はスポーツへのコンプレックスはあれど、それもアイデンティティのうちと受け入れてきたのです。だから私はこのeスポーツという言葉が好きになれないのです。別に自分は運動ができなくても尊厳を保てているのですから、コンプレックスの発露に加担させないでくれと思ってしまうわけです。
 ですが今はもう、eスポーツという言葉にコンプレックスの影はほとんど感じませんし、eスポーツシーンのど真ん中にいる10代~20代前半の人たちはそんなこと気にかけていないでしょう。だからもう、このおじさんの拘りは聞き流してしまえばいい、それがこの記事の結論です。